ラオウ、唯一無二の存在感
ラオウという名前を聞くと、まず思い浮かぶのは、あの圧倒的な存在感ですよね。
北斗の拳の世界観を一段階、いや二段階くらい引き上げてしまった存在というか。私が原作を初めて読んだのは小学生の頃で、そのときは正直なところ「なんかすごく大きくて強いおじさんが出てきたな」くらいの印象でした。今思うと、その感想、浅すぎて自分でウケちゃいましたけど。
でも、大人になってから読み返すと、ラオウの見え方がまるで変わるんですよね。物語の前半から中盤に登場する、いわゆる最強クラスの敵キャラ。
北斗の拳の敵キャラの中でも、やっぱりラオウは別格だったと感じます。
ケンシロウの前に立ちはだかる存在でありながら、ただの「倒されるべき悪」ではなくて、世界を背負おうとしていた人、という印象が強くなってきて。
私が再読したのは30代に入ってからでした。仕事帰り、少し疲れてコンビニで文庫版を買って、夜に読み始めたんです。最初は懐かしさだけでページをめくっていたのに、ラオウ編に入ったあたりで、手が止まらなくなりました。
あの頃は強さしか見ていなかったのに、今は孤独とか、背負いすぎてしまった責任みたいなものが目に入ってきて。「この人、誰にも弱音を吐けなかったんだろうな」と思った瞬間、ちょっと胸に引っかかるものがありました。
実際「大人になってからもう一度読んでみたら、なんか全然見え方が違っててびっくりしました(ジャンプ予約情報)」と、同じように感じる方もいらっしゃるみたいで。
で、ラオウは北斗の拳の最強の敵キャラ、とよく言われます。でも、その強さの中身まで語られることは意外と少ない気がします。
力で世界を制する、という考え方は確かに極端ですし、肯定できるものではありません。ただ、それしか選べなかった人間の姿として見ると、急に立体的になるんですよね。
あの巨大な体も、強烈なオーラも、全部が「覚悟」の表れだったのかもしれない、とか。
そういえば最近、北斗の拳関連のフィギュアやBlu-rayの再販情報を見かけることが増えました。
ラオウのフィギュアなんて、予約開始と同時に埋まってしまうものも多くて、やっぱり今も根強い人気なんだなと実感します。
私も一度、予約開始日を勘違いして、翌日に見たら完売していて、ちょっと本気で落ち込みました。あのとき、「ラオウ、今も人の心を持っていく力が強すぎる…」って変な納得をしてしまったんです。
面白いのは予約という行為自体も、ラオウに似ている気がして。欲しいと思った瞬間に動かないと、もう手に入らない。迷っているうちに世界は先に進んでしまう。
その厳しさが、作品の外側でも再現されているようで、妙に印象に残っているんです。
そして子どもの頃は怖い存在だったラオウに、今はどこか共感してしまう自分がいて、それに少し照れくささもあります。でも、そうやって読み手の年齢や立場で受け取り方が変わるキャラクターって、実はそんなに多くないですよね。
北斗の拳という作品の中で、ラオウが最強の敵キャラとして語り継がれる理由は、単なる強さだけじゃない。その生き方そのものが、時代や年齢を越えて刺さるからなんだと思います。
強烈なボスキャラ感、という言葉では収まりきらない何かが、確かにそこにありました。